譲れないもの

農業の勉強

三女が農業高校に進路を定めて入学、はじめての公開授業ということでジェラテリアをしばし離れて参加してきました。

今日は、午後から雷雨というコンディション。ほ場での実習があるということで楽しみにしてたのですが、冷たい嵐の中でどこに行ってしまったのか見つけられず、学校中の授業を見て回りました。

地理や数学、英語などこの学校でもある授業から、ナチュラルチーズとプロセスチーズの違いについての専門的な授業まで、謎の保護者のように各教室をハシゴしました。でも、やっぱり入学したての我が子がどんな授業を受けているか見たいと思い、意を決して雨の中、広い校内をうろうろと。

やっと見つけました!

農業の勉強

ちょうど、定植前のスイカ苗をデッサンし、植物のディテールについて基本的な呼び名を覚える、という授業。私は普通科出身なので、とっても勉強になりました。特に、生長点を見極めるという内容は、とても実践的。特定の生長点を取り去ることで、栄養を実に集中させる技法の話しなどをきき、概念としては知っていても具体的な方法を知らない私にはとても勉強になりました。

休憩時間をはさんで、こんどは農具の呼び方の授業。先生がもっているのは、何でしょう?「シャベル!」「スコップ!」と生徒たち。

先生は「ちゃんと、間違ってくれてありがとう!」とおっしゃいます。

これ、なんて呼ぶか知ってますか?

「移植ごて」が正しい名前です。

先生は「一般の人は、これはスコップだといいますが、私たち農業の世界では、移植ごてというのです」と。

言葉を知ることは、その専門領域を知ることでもあります。私もこの半年ほどの間にお菓子作りの用語をたくさん覚え、もうそれは当たり前になってきました。つい、専門用語に走りがちになるところを、誰でも分かる言葉で表現することは簡単ではありません。

シャベルやショベルの話しに、そうそう、そうだよね、などと思いながら、いよいよ段階的に農業の深いところに入っていく娘の成長が楽しみです。私がいつか、農業の専門用語でこてんぱんにされる日を夢見ます。

狙ったわけでもなく、強制したわけでもないのですが、うちの子どもたちは「日本を創っていきたい」ということを突然思い立つようなのです。

私がしょっちゅう「日本を理解しない限り、お互いの文化を尊重し支え合うことなんてできない」「自国の文化と言語に(深い理解をして)誇りを持つからこそ、別の国の人の文化や習慣などを大切にできる」と口癖のようにいっているからか、たまたまそうなのかはわかりませんが、とにかくそんなことで、率直に嬉しいです。

1人目の娘はアジア最後の独立国、東ティモールにシンパシーを深め、いつか日本を正しく伝え、相手の文化も等しく尊重する日本語教師になりたいと意気込んでいます。

2人目の息子は、能や日本舞踊に心惹かれ、新しい方法で日本の伝統文化を伝えていきたいと芸術高校で勉強中

そして、日本の農業を支えることになるであろう3人目の娘、

さらに、4人目は英語と日本語の両方で勉強を、5人目は先のことはわかりませんが医者になりたいと、誰もが楽しく学校に通っています。

小学校のときはいじめで学校嫌い、大きくなると学校というフレームに疑念を抱き、反抗的だった私とは大違いで、それぞれに学校が大好きなことで、親としてどれだけ救われているかといつも思います。

私が常に心がけていることは、強制しない、押しつけないことです。テンプレートを毎日強制的に唱和させたところで、この時代に真の愛国心、真の義侠心は生まれません。自分で見いだしてこその信念であり、自分で選んでこその自主自立なのです。急がば回れとはよくいったもので、これはあらゆる生き物を育てる原則でもあります。

明日は、日曜日。プレマ株式会社はお休みですが、スタッフが誰もいませんので、私と娘二人でジェラテリアでお待ちしております。和と洋の調和した世界をお楽しみください。

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