ジェラテリアについて

小さな願い

私には、ジェラートを作り始めたとき、小さな夢というか、願いが産まれました。

もし、もう間もなく、この世を去らなければならない人がいたとします。
私もそうですし、あなたにもそういうときがやってきます。

そんなときに、「最後に、あそこのジェラートが食べたい」といってくださる方がいたとしたら、どんなに素敵なことだろうと思うのです。

私には、人の命をどうすることもできません。
医者でもなければなんでもなく、ただの市井の人なのです。

私はそう願い、もし私たちのジェラートがそう願われるのなら、
どこにでもクーラーボックスをぶら下げて持っていきたいくらいです。

カップに詰めた窮屈なジェラートではなく、
目の前で、私の右手で練り上げて、
どうぞと差し上げてみたい。

それは何にもならないかもしれません。
ただ、そんなに大切なことを求められるとしたら、
私はどんなに幸せ者でしょうか。

私の産みの母が他界するまでのしばらくの期間、彼女が好きだった氷川きよしさんと、
口ずさむ、ずんどこ節のメロディーを思い出します。

DSC_3731.JPG

ICU症候群、そしてそれに続く重度要介護状態のあいだも、氷川きよしさんの写真を見せると
いつも喜んでいました。

※ICU症候群 http://prema.binchoutan.com/r-natural/nakagawa/vol80.html

もう、死期は間近いと医師から説明を受けたとき、モルヒネの副作用でもうろうとするなかで、
いろいろな幻覚がやってきていました。褥瘡も悪化し、看護チームの皆さんも一生懸命に手当してくださったのです。

痛い痛い、ここから出してくれ!と叫ぶ彼女に、ウソをつきました。

「明日、氷川さんが車を運転してここに迎えに来てくれて、
お母さんを迎えにきてくれるって、さっき電話があったよ。」

「どこにでも、行きたいところまで連れて行ってくれるって。
自由な場所に連れて行ってくれるって。」

次の幻覚がくるまでの数分間、彼女はとっても元気でした。

母は、私のジェラートを求めませんでした。
私は、何も自分の手で、誰かの口にするものを作っていたわけではありませんでしたから。

※母の最後 http://prema.binchoutan.com/r-natural/nakagawa/vol99.html

今は違います。

自分の血の繋がった親戚は、もう子どもだけになりましたが、
たとえ血が繋がっていなくても、私の何かを求めて下さる誰かがいるのなら、
私はそうしたいと心から願います。

血の繋がりなどは、それほど大切なことではありません。
もっと大切なことは、他にもたくさんあると信じています。

ただのジェラート屋が、つまらないことを言っているだけなのかもしれませんが、
私は、プレマルシェ・ジェラテリアのジェラートは誰かの心の薬でありたいと
祈っているだけなのです。

生きていれば、辛いことも、腹の立つことも、もうダメだと思うことも、
いろいろあるでしょう。

そんな全てを水にながしてくれるような、
ジェラートを作りたいだけのです。

DSC_3761.JPG

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